穏やかな日に祖父を送りました。
実は先日、祖父が先日亡くなりました。
最期は微笑むような良い顔でした。
生前は、生徒のみなさんからも励ましや心配の声をいただいて本当にありがとうございました。

祖父と過ごした日々の中で思い出すのは、弱音を一切吐くことなく、最期まで家長の責任感をみせてくれていたこと、戦争のときの話を意気揚々と話していたこと、農家として働く中で私たちにおいしいお米や野菜、果物を与えてくれたこと、私の健康オタクな一面は祖父譲りだったこと、たくさんの思い出があるけれど、やっぱり一番はたくさんかわいがってもらえたことです。
96歳でした。
映画に出てくるようないわゆる二枚目のかっこいい祖父でした。
部屋の片づけをしていたら、祖父母の結婚式のときの白黒の写真が出てきました。その当時、まだ戦後の混乱の中で一所懸命子育てをしたのだろうと思います。
戦火を生き抜いて、がんばって生きて来た祖父母がいるからこそ私は生まれました。
心から、この命はありがたく、祖父母のDNAを受け継いでいるこの体に敬意さえ感じられます。
とにかく、ありがとうの気持ちでいっぱいです。
祖父ともう会えなくなってしまったことはただただ悲しいけれど、長い人生を家族のために生き抜いた祖父を誇りに思いながら時間をかけてお別れをしたいと思います。

さて、残された祖母が少し心配でした。
祖母は、祖父が入院してから落ち込むことが増えていました。
祖父が亡くなると、声を出して泣いていました。
70年近く寄り添った2人です。
その悲しみは計り知れません。
でも、祖父の弔問にたくさんの人が来てくれたことで、とても喜び笑顔をみせていました。
告別式には一緒に参列し、親戚に久しぶりに会うと、「みんなにお葬式に来てもらって、みんなとこうして会えてすごくうれしいから、私もがんばって生きようと思う」と言っていました。
おばあちゃん、なんて素敵なの!!!!
祖母は92歳です。
いくつになっても前向きに生きる姿に力をもらえた気がしました。
私たちの命はいつか終わります。
それは祖父だけじゃなく、私も同じこと。
つい、明日も命が保証されているような気になってしまいます。
誰にも次の瞬間のことなんてわからないのに。
でも、未来の保証がないからこそ、確かな”今”を存分に感じながら、この命を大事に生きていきたいと思います。