人は役割を持って生まれてくるとは?
高野山大学の副学長でもあり、僧侶でもある松長潤慶先生が私の大学院の担当教授をしてくださっています。
今回、父のことも相談させていただいて、とても救われるお話をしてくださいました。
父が亡くなる前に、その状況を先生にお伝えしたところ、次にようにおっしゃってくださいました。
「お父様に、人は役割を持って生まれてきて、役割を全うしたから人生を終えるのだと伝えてあげてくださいね。」
この役割というのは、なにも偉業を成し遂げたり、目に見えて功績を残したり、仕事とか子孫を残すとかそういうことだけではなく、日々、生きている中で、当たり前に生活するための行動のことも含まれます。
私たちに自覚はない言動も全て。
例えば、記憶にはなくても、子供の頃に知らないおばさんに向けた笑顔でそのおばさんは救われた可能性とか、車を運転していて踏んだブレーキが誰かの交通事故を知らないうちに防いでいたとか、もしくは事故が起こってしまったことで展開する場面にも学びを与えたり。
自覚があることだけが役割じゃないんです。
これは仏教の縁起説のことを言っています。
すべての事象はつながりあって存在している。
少なくとも、父の死によって、それがなければ考えなかったことを考えたり、病院で看護師さんと色んなことを話して価値観を共有することもなかった。
そして看護師さんとの会話で、また看護師さんにも何かしらの影響(行動にともわなくても心の動き)があったはずだし。
全部つながっていて、全部何かの役割が働いている。
父はその役割を終えただけ。
そして私にも私の役割があるということ。
父は死ぬことを怖がっていませんでした。
大きな心できちんと受け止めていました。
だから家族も穏やかに送ることができました。
生きていると、それが当たり前で、死が遠く感じるけれど、生まれたら必ず死にます。仏教ではこれを生滅といいます。
生まれては滅する。そんな世界に生きています。
今を重ねるだけ。
でも、自分の存在の、その在り方を自覚して丁寧に生きたい。
今は心からそう思います。