そのクラスは「誰のためのもの」?ヨガ指導者が手放すべき「自己満足」という執着
あるヨガクラスに生徒として参加したときのお話です。
参加したクラスのヨガインストラクターは、有名なメーカーのアンバサダーをやったり、リトリートを行う方でした。
自信に充ち溢れた表情は、力強く誘導する彼女のクラスをよく表すものでした。

年末の時期のクラスの始まり。
「今年のことを思い出しながら瞑想をしましょう」
そう言って始まりました。
このとき、私の中に大きな違和感がありました。
なぜ違和感を感じたのか?
それは、ヨガは今という時間の中に身を置くことをとても大事に考えるからです。
私たちは普段、”今”以外の時間に意識を向けていることがとても多い。
でも、ヨガ哲学では、今この瞬間しか存在しないと考えます。
過去は私たちの記憶の中にしかないし、未来は想像でしかない。
すべてはマーヤ(幻想)です。
だからこそ、心を今に向けるように導くのがインストラクターの役割とも言えます。
それなのに、過去の時間に意識を向けさせるのはヨガとは言えないと思っています。
さらに、クラスの内容はシニアも参加する中で、より強度を求めるものでした。
ポーズに顔をゆがめる生徒さんに対して、「がんばって!!」との声掛け。
ポーズに執着させるのは、ヨガではなくエクササイズになってしまいます。
こういったクラスに参加することもまた学びが多く、もちろん良い刺激になることもたくさんありました。
ヨガレッスンはインストラクターのためではない
ヨガのクラスにおいて、私が最も自戒を込めて気を配っていることがあります。
それは、「そのクラスは、生徒さんのためのものになっているか?」ということです。
残念ながら、昨今のヨガレッスンの中には、指導者が自分自身のやりたい練習に生徒さんを付き合わせているだけのように見受けられるケースが散見されます。
インストラクターが教えること自体に自己満足してしまい、目の前の生徒さんが本当に満足しているのか、その状態を観察できていないのです。
指導者の役割とは、ポーズの完成を急がせることではありません。
無理をしている自分に気づかせ、そこにある「執着」をいかに手放していくか。その心の扱い方を導ける人こそが、真のヨガ指導者であるはずです。
ヨガインストラクター養成講座で大切にしていること
私が主宰する養成講座では、単なる「運動指導者」を育成するつもりはありません。
インドの師から授かった伝統的なヨガ哲学、そして大学院というアカデミックな場で学んだインド哲学。
これら専門的な知見に基づいた「正しいヨガの在り方」を、誠実にお伝えします。
今のヨガ界には、独りよがりな「先生の独壇場」のようなクラスが溢れすぎています。
その結果、ヨガの本質が伝わらず、練習によって怪我をしてしまう人が後を絶たない。この業界の課題は、なかなか解決に至っていないのが現状です。
現代はSNSの発信が上手な人、美しいポーズを表現するのが上手な人が、さも優れた指導者であるかのように評価されがちな世の中です。
しかし、表層的な表現力が高いからといって、それがヨガを深く学んでいる証明にはなりません。
「有名だから」「綺麗だから」という理由で選ばれるための見せ方に力を入れること以上に、指導者として磨くべき本質があるはずです。
誰のための、何のためのヨガなのか。
その問いを忘れることなく、私はこれからも解剖学的根拠と哲学に基づいた、安心・安全なヨガを伝えていきたいと考えています。
【ヨガインストラクター 手塚えりか】 整体師歴22年、ヨガインストラクター歴18年。ヨガが好きすぎてインド哲学を学ぶため高野山大学大学院(密教学専攻)修士号取得。ファンクショナルローラーピラティスベーシックインストラクター、マタニティヨガ、アスリートヨガ指導、瞑想指導者資格保有。ファンクショナルローラーピラティスベーシックインストラクター。年間延べ9000人ほどの生徒を指導。 山梨県昭和町 yogaschoolTSUNAGU: https://tsunagu-yoga.com/