居心地の悪いSNS社会でヨガインストラクターとして大切にしたいこと
現代の社会について、ちょっと最近思うことを聞いてほしいなと思ってこのコラムを書いています。
一見、ヨガとは関係のない話に思えるかもしれませんが、私たちが生きるこの社会の「見たくない部分」、そしてその中でどう自分を保つかという大切なお話です。
努力は隠され、悪い噂だけが拡散される社会
現代は、良くも悪くも情報が溢れかえっています。
その中には、聞かなくていいこと、知らなくていいこと、見なくていい不必要なものがたくさん含まれています。

例えば、ある有名人のプライベートな事柄や、プライバシーを完全に無視したような報道。それらが本当に真実かどうかなんて当事者にしか分からないし、外側にいる私たちには確かめようもありません。それなのに、キャッチーでセンセーショナルな見出しだけでその人を批判したり、尾ひれをつけて拡散したりする様子が、当たり前のように見られます。
みんな、自分が置かれた立場の中で、一生懸命に頑張って生きているはずです。
ある人は情熱をかけてその仕事に向き合い、ある人は人知れず目の前にあることに真面目に取り組んできたでしょう。またある人は、何かを犠牲にしてでも、歯を食いしばって何かを勝ち得たのかもしれません。
だけど、そういった日々の尊い「努力」は、悲しいほど拡散されにくいのです。
努力の結果としての華やかな部分が見えることはあっても、地道なプロセスは見えません。
残念ながら、ネット社会では悪い噂の方が簡単に拡散されやすく、いつまでも知らない誰かの消費されるネタになってしまいます。
一瞬にして、これまで何年もかけて培ってきた努力が、誰かの無配慮な投稿や噂によって無かったことにされてしまう。事実が歪められてしまう。
私たちは今、そんな嘘だらけの一面を持つ社会の中に生きているということを、決して忘れちゃいけないと思うのです。
画面の中の言葉より、自分の五感が捉えた「真実」
SNSやマスコミが流す情報よりも、自分が実際に会って話をして、自分の目や耳、肌で感じたこと。それだけが、確かな全てです。
私は、誰かが作った情報の中に生きているわけではありません。
膨大に膨らみすぎた情報の中で、「本当の自分の姿」が見えにくくなっているように、他人の真実もまた、画面越しでは見つけにくいものです。
このホームページにあるたくさんのコラムやSNSの中にいる私は、私のほんの一部にすぎません。これから先、何万本とコラムを書き続けたとしても、それでもやっぱり、私という人間を表現するものとしては一部であり続けると思います。
ネットの文字だけで、私のすべては伝わらないと思っています。

だからこそ、私は「確かな感覚」を大事にしたいのです。 ネットの文字を追うのを少しお休みして、自分の五感をフルに使って、この「いのち」を楽しんでいくこと。
そして、この素晴らしい五感は、決して誰かを傷つけたり、悲しませたりすることには使わない。自分や、目の前にいる周りの人たちの笑顔のために使おう。そう心に決めています。
日常のわずかな変化を「経験」していく
ヨガの哲学では、私たちはこの世界に「経験( bhoga:ボーガ )をするために生まれてきた」と考えます。
経験といっても、何も歴史に残るような大げさなことである必要はありません。
毎日の柔らかな光や心地よい風を感じること。
ヨガのマットの上で、いつもと違うわずかな呼吸の変化を感じること。
これらすべてが、私たちのいのちにとってかけがえのない、本物の「経験」です。
悲しい情報や無責任な言葉がたくさん飛び交う現代社会だからこそ、私たちは見るもの、取り入れるものをきちんと自分自身で選んでいかなければなりません。
外側の雑音に心を奪われることなく、自分にとって本当に必要な経験を、今日も一つひとつ丁寧に積み上げていきたいと思います。