「読むヨガ」コラム:知足ーーー「足りない」という錯覚から自由になる
今回のコラムは、ヨーガ・スートラの第2章42節にある、「サントーシャ(知足)によって、至上の幸福が得られる」についてです。
ここでいう「至上の幸福」とは、外的な条件によって変動する一時的な快楽ではなく、内側から湧き上がる永続的な静寂を指します。
実は、私たちの脳が陥りやすい「幸せのバグ」を修正するための、とても論理的な心の整え方を説いています。

「幸せの条件」という終わりのない迷路
私たちは無意識のうちに、「もしも○○ができれば幸せになれる」という条件を自分に課しています。
学術的な視点で見れば、これは「アヴィディヤー(無知)」と呼ばれる心の曇りです。自分という存在の本質を、外側の成績や肩書き、所有物といった「変化し続けるもの」と混同してしまっている状態を指します。
「もっとあれば幸せになれる」という考え方は、常に「今は幸せではない」という不足感をエサにして育ちます。
そのため、一つ目標を達成しても、すぐに次の「足りない」を見つけてしまい、心はいつまでも乾いたまま走り続けることになります。
2. 「ある」を観照する知恵
サントーシャとは、この「不足を探す心の癖」を止める練習です。 サンスクリット語の語源を紐解くと、「完全に(Sam)」「満足する(Tosha)」という意味になります。これは、外側の状況がどうであれ、自分の内側の平穏を一定に保つ力を指します。
ヨガの哲学では、人の本質を「プルシャ(純粋意識)」と呼びます。
この本質は、生まれた時から一度も欠けたことがなく、常に満ち足りているものです。
サントーシャを実践するとは、外側の飾り(肩書きや持ち物)を剥ぎ取った「ただ存在しているだけの自分」に対して、絶対的な「OK」を出すことなのです。
「追い求める心」と「満足」は両立できる
よく生徒さんから「今の自分に満足したら、成長が止まってしまうのでは?」と聞かれます。
しかし、ヨガは「学び続けること」も同じくらい大切にています。
サントーシャという確固たる安心感の土台があるからこそ、私たちは「結果に振り回される恐怖」から解放されます。 「今のままでも十分に素晴らしい。その上で、もっと誰かのために、自分の可能性を広げてみたい」 そんな、執着のない純粋なエネルギーこそが、あなたを本当の意味での輝きへと導いてくれます。
内なる充足への回帰
「知足」を深めることは、外側の評価に支配される生き方を卒業し、自分の内側に「幸せの自家発電所」を持つことです。
馬車馬のように駆り立てられる足を一度止めて、静かに呼吸を見つめてみてください。
外の世界で何が起きていても、あなたの生命そのものは、すでに欠けることのない完全な円を描いています。生まれながらに二重丸です!!
その豊かさに気づいた時、あなたのヨガは、マットを超えて人生そのものを輝かせ始めまることと思います。