わかった!!どんなにたくさんの講座に通っても腹落ちしなかった理由
たくさんのヨガ哲学講座を受けても「なぜか腹落ちしない」という私が抱いていた葛藤。
先生によって言うことが異なり、その根拠や背景が分からない……
そんな悩みを抱えていた私が、なぜ「大学院に入学する」という大きな決断に至ったのか?その経緯をお話しします。
高野山での運命的な出会いと、立ちはだかった「壁」
今から12年ほど前、友人と旅行で訪れたのが高野山でした。
たった1泊の滞在でしたが、そこに漂う新鮮で荘厳な空気に包まれ、心身ともにとても開放的な時間を過ごしたことを覚えています。その旅行中、ふと目に飛び込んできたのが「高野山大学」のでした。
「こんな場所に大学があるんだ」と興味が湧き調べてみると、密教の大学でありながら、本格的にインド哲学を研究されている先生がいらっしゃること、そしてインド哲学を学べる授業があることを知りました。
しかし、当時は日々のレッスンや業務に追われる毎日。「忙しくて大学院なんてとても考えられないな……」というのが本音でした。

絶望の中で掴んだチャンス
その後もインストラクターとして活動を続けながら、学術的・体系的にインド哲学を学べる場所を探し続けました。しかし、どれだけ探して講座を受けても、私が求めるレベルの学びを提供してくれるヨガ講座は見つかりませんでした。
「もう、私が知りたい真実を教えてくれる場所はこの業界にはないのかもしれない」
半ば諦めかけていた頃、世界をコロナ禍が襲いました。
急にレッスンができなくなり、生徒さんの数も激減。スタジオ経営者としては絶望感しかありませんでした。
しかし、一方で「5,000年続いてきたヨガの教えを、こんなところで手放したくない」という強い想いが込み上げてきたのです。
そしてふと気づきました。「あんなに欲しかった時間が、今ここにある。今なら、あの高野山大学院に行けるかもしれない!」と。
私はすぐに願書を提出しました。
挫折感と、面接で突きつけられた現実
コロナ禍の真っ只中、ガラガラの空港やホテル、静まり返った道を通り、ドキドキしながら面接会場である高野山へと向かいました。
緊張で記憶も途切れ途切れですが、面接の中で教授陣からいくつか質問を受けた際、私は自分自身のインド哲学に対する認識の低さに深く愕然としました。
「これまで何年も勉強してきたつもりだったけれど、自分はいったい何を学んできたのだろう……」
学びを深めるために向かった場所で、私はまたしても大きな挫折感を味わうことになったのです。
あの時の緊張とプレッシャーは思い出したくないほど笑。
「これだ!」——腹落ちした、学術的な学びのルール
しかし無事に合格をいただき、高野山大学大学院での学びがスタートしました。
通信制を中心にスクーリングも組み合わせながら受講しましたが、その授業はどれも目から鱗が落ちるものばかりでした。密教美術、弘法大師伝、スピリチュアルケア論、秘密事相、そして瞑想——。今まで感じていた疑問が、次々と腑に落ちていきました。
なぜ、大学院での学びはこれほどまでに納得できたのか。
それは、レポートや論文を執筆する際、自身の主張や比較に対して「必ず細かく典拠(元となる文献)や参照を示すこと」、そしてその典拠も「権威ある研究者の論文や著作でなければ認められない」という厳格なルールがあったからです。
つまり、言葉一つ、説明一つをとっても、「自分の意見に責任を持つこと」が徹底的に求められる世界だったのです。
「これだ!」と思いました。
私が長年探し求めていたもの、そしてプロの指導者として生徒さんに責任を持って伝えるために必要だったのは、まさにこの「確固たる根拠とエビデンス」でした。誰かの個人的な感覚や解釈ではなく、信頼できる文献や研究に基づいた知見を届けること。これこそが、私がずっと欲しかった「腹落ち」の正体だったのです。
こうして大学院で「正しい学びの深め方」を知った私は、なぜこれまでヨガ哲学に疑問を感じ続けていたのか、その根本的な理由を明確に理解することになります。
【ヨガインストラクター 手塚えりか】 整体師歴22年、ヨガインストラクター歴18年。ヨガが好きすぎてインド哲学を学ぶため高野山大学大学院(密教学専攻)修士号取得。ファンクショナルローラーピラティスベーシックインストラクター、マタニティヨガ、アスリートヨガ指導、瞑想指導者資格保有。年間延べ9000人ほどの生徒を指導。 山梨県昭和町 yogaschoolTSUNAGU:
https://tsunagu-yoga.com/